「来年の自社をとりまく環境はどう変化しているでしょう? 現状維持でしょうか? 」 「パンデミックの影響はどのくらい大きくなるでしょうか? 」「景気は多少よくなるでしょうか? 」
このような質問に、自信をもって答えられる人は少ないでしょう。2019〜2021年だけを振り返っても、世界では予想外の出来事が次々と起こりました。これから、新たな脅威が起こる可能性も十分あります。
2020年以降は良い意味でも悪い意味でも、マクロ環境の変化がいかに事業を直撃するか実感した経営者は多いでしょう。SaaS業界のようにコロナ禍が追い風になった業界もあれば、大打撃を受けた業界もあります。
外部環境の変化は、企業にとって脅威にもチャンスにもなります。黒潮のような成長の波にのるためにも、リスクから身を守るためにも、定期的にマクロ環境分析をすることが非常に重要です。
本記事では、マーケティングの基礎であるマクロ環境分析の基本について解説します。
マクロ環境分析とは、自社の企業活動に影響を与えるマクロな外部環境要因の分析をすることです。たとえば、もっとも有名なマクロ環境分析フレームワークのPEST分析では政治、経済、社会、技術の4要素を分析します。最近はこれに加え、法律、環境、倫理などの要素も重視されています。
企業は社会の構成員のひとつです。当然、ビジネスを展開する国の方針、国民性、社会のトレンドの影響を受けます。
国内のビジネスであっても、国が諸外国から大きな影響を受ける以上、海外からの影響も免れません。地球環境にいたっては、そもそも国境に関係なくつながっています。
マクロ環境の大きな変化は、企業というより業界そのものに多大な影響を与えます。そのため、新規事業や中長期的な経営戦略立案の際にマクロ環境分析は必須です。
https://studiousguy.com/marketing-environment/
マクロ環境分析にはさまざな要素がありますが、どの要素がもっとも大きく影響するかは企業ごとに違います。規制が強い業界であれば政治の動向、法改正などから影響を受けますし、小売事業者なら景気動向の影響が大きいでしょう。
また、同じ一つのマクロ環境の変化もある企業にはチャンス、ある企業には脅威、ある企業には何ら影響しません。
たとえば、コロナ禍でSaaS企業の多くは急成長し、衛生関連メーカー、デリバリー業界にとっても追い風でした。しかし、運輸、旅行、飲食・サービス業は壊滅的な打撃を受けました。
自動車業界の世界的なEV自動車へのシフトは、業界のリーディングカンパニーにとっては大きな脅威です。その一方で業界下位の企業にとっては巻き返しのチャンス、資金力潤沢なIT企業等他業界のビッグカンパニーにとっては超巨大市場に入り込むチャンスです(本当の狙いは日本車の締め出しという説もあります)。
このようにマクロ環境変化は、各企業で影響の受け方が違います。マクロ環境分析に一つの正解はないのです。マクロ環境分析をする際は、まず自業界に大きな影響を与えるマクロ環境変化は何かを見つけ、自社視点で分析しましょう。
外部環境分析には「ミクロ環境分析」と「マクロ環境分析」があります。
ミクロ環境分析とは、業界内の環境分析です。競合企業の動向、新規参入企業の力、顧客の力、仕入れ業者の力など、直近のビジネスに影響する要素を分析します。
代表的なミクロ環境分析には5Forces分析や3C分析があります。今年、来年等短期的な売上げを上げるために、ミクロ環境分析は非常に重要です。さまざまなテンプレートがあるので、使いやすいタイプを選びましょう。
5Forces分析
3c分析
(出典:free-power-point-templates.com/)
一方でマクロ環境分析は、前述のとおり業界という狭い領域の分析ではありません。政治、経済、社会のシステム、人々の価値観など社会全体、世界全体を視野に入れて事業に影響を与える要素を分析します。
変化の激しい時代には、業界内の競合他社や参入企業ばかりに気を奪われていると、ある日黒船のような革新的サービスが登場し業界全体が打撃を受けるリスクがあります。また、新規事業を起こす際は、長期的な視点で業界そのものの将来性を把握することは必須です。
マクロ環境を分析することで世界のトレンドを敏感にキャッチし、自業界の成長性を判断したり、新しい有望市場への参入をいち早く決断したりする戦略を描けるでしょう。また、大きな脅威に対して前もって対策できます。
ここでは、もっとも定番のマクロ環境分析フレームワーク「PEST分析」を簡単に紹介します。PEST分析とは、事業をとりまくマクロ環境をPolitics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4つの観点で分析するフレームワークです。
(参照:https://www.wallstreetmojo.com/pest-analysis-example/)
PESTのPは、PoliticsのPです。政府の決定がビジネスにどう影響するかを分析します。
たとえば、以下の項目を分析します。
たとえば昨今のパンデミックによる政府の「緊急事態宣言」「まん延防止等重点措置」は多くの飲食店、サービス事業者に影響を与えました。
2021年、政権が温室効果ガス排出量を「2030年度までに13年度比46%減」と新目標をたてたことで、産業界にはさまざまな影響が予測されています。他にも規制緩和、法規制など政治の方針によって企業はチャンスが広がることもあれば、動きづらくなることもあります。
PESTのEはEconomy(経済)のEです。ビジネスに大きな影響を与える経済的要因には、たとえば、以下があります。
景気は企業の売上げに、金利は資本コストに直結するため、ともに事業成長に大きく影響します。為替レートも輸出コストや輸入品の価格に影響を与えます。
PESTのSはSociety(社会)のSです。ビジネスに影響を与える社会的要因には以下があります。
たとえば日本は人口減少が急速に進んでいるので、多くの企業は人口増加中の新興国に積極的に進出しました。国内で若者が少なく中高年が多くなれば、必要とされる製品・サービスのラインナップも変わるでしょう。人材採用戦略を見直す必要もあります。
また、時代が変われば同じ年代であっても人々の意識が変わります。バブル世代、ミレニアル世代、Z世代といわれるように数年?10年単位でも変化はあるので、価値観の変化を捉えてマーケティング戦略も変える必要があるのです。
(出典:内閣府)
PESTのTは、Technology(技術)です。
技術イノベーションは企業の生産手法、流通手法、プロモーション手法、企業組織体制などに大きく影響します。
たとえば米国では、3Dプリンターで従来工法よりも50%低いコストで住宅が出てきました。日本でも災害に強い球体型の家を3Dプリンタで24時間以内30坪300万円で作る企業が登場。この技術は住宅業界にとって大きな影響があるでしょう。
「AI・ロボットによって50%の仕事がなくなる」予測も以前からされています。革新的テクノロジーの登場によって企業活動や社会がどう変化するかを、常に予測しながら経営戦略を進める必要があります。
PEST分析については、こちらの記事もあわせてご覧ください。
近年は、PESTの4要素以外にも注目すべき要素があります。企業をとりまく環境変化の複雑さを反映し「倫理的要因」「人口統計学的要因」「生態学的要因」「法的要因」なども重要視されています。
PEST分析に、E(環境)+(法務)を追加した「PESTEL分析」はよく知られるようになりました。最近はこれにE(倫理)が追加されて「PESTELE」また「STEEPLE」と書かれることもあります。D(人口統計学的要因)が追加されることもあり、多様なフレームワークが派生しています。
(上図以外の派生フレームワーク)
(参照:Strategic Mamagement insight、Calltheone.com/)
多数あってわかりにくそうですが、基本は、「P」「E」「S」「T」「E」「L」「E」「D」の各要素の組み合わせです。
前述のとおり、どの外部環境の要素が企業に影響するかは、その国、業界、企業によって異なるため、自社に適した要素が入ったフレームワークを使いましょう。以下に新しい要素の中で、多くの業界の企業に影響がある要素を紹介します。
Environmental(環境)のEです。近年は、地球温暖化、気候変動、大規模な開発によって起きている世界の森林の減少、砂漠化、人口急増による地球資源の枯渇などさまざまな問題があり、世界で環境保護に関する意識が高まっています。
2015年に国連でSDGs「持続可能な開発目標」が採択され、最近はESGという言葉がビジネス領域でポピュラーになりました。企業活動を積極的に進めることによる原材料の枯渇、環境汚染などにも厳しい目が向けられています。
前述のように、ガソリン車は石油燃料の枯渇や、CO2排出による環境悪化につながるため、よりクリーンなエネルギーで走る自動車の開発が世界的に推進されています。他業界の企業も環境にやさしい素材、容器を使う製品開発を進めるなどさまざまな試みを進めています。投資家や消費者も、企業が環境問題や社会問題に取り組んでいるかを気にするようになっているので、各国の動向、社会の意識の変化、法規制なども分析して事業を進める必要があるでしょう。
Legal(法律)のLです。国内外の法律改正はビジネスに大きな影響を与えます。グローバル企業の場合、進出国の法律を理解することが重要です。SaaS業界であれば、先進国の個人情報保護に関する法律改正はチェックしなければなりません。
Eはethical(倫理的)のEです。つまりビジネスを倫理的、道徳的に行うことです。
たとえば先進国では、安い価格で美味しくコーヒーを飲めたとしても、原材料を輸出する途上国で労働者が奴隷労働に近い状態で働いていたり、児童労働の温床になっている犠牲の上に調達されたりしてはならないという考え方です。
もっとも社内は管理できても、外国の別企業に労働のあり方を完全に指導することは難しいため、その場合どのような取引企業を選択するかが重要になります。
また、近年は企業がボランティア活動や慈善事業に取り組むなど、社会的責任(CSR)を果たしているかも問われます。
(参照:Free management book、Strategic Management insight)
PESTに「D」「E」の要素が加わった「DESTEP」「DEPEST」などのフレームワークもあります。
Dとは、Demographics(人口統計学的要因)のDです。以下などを分析します。
たとえば、世界の人口は爆発的な勢いで増加し2030年には80億人に達すると予想されています。以下の図のように、とくアジア、アフリカ地域の人口増加が予測されています。
輸出企業は大きな市場になる各国の人口変化を考慮し、さらにその国の文化伝統、民族性などを踏まえて戦略を描く必要があるでしょう。
画像出典:JIRCAS(国際農研)
EはEcological(生態学)のEです。生態学は、環境変化によって生物の分布や数、気候や地質などがどう影響を受けるかということです。
大気汚染、水質汚染、膨大な廃棄物など、企業活動は製造の過程や、製品・サービスを購入した消費者のライフスタイルを介して、生態系に影響を与えています。
人間活動が地球環境に与える影響を示す指標のひとつに「エコロジカル・フットプリント」があります。2013年時点で世界全体のエコロジカル・フットプリントは「地球1.7個分」であり、現在のライフスタイルが、将来世代の資源(資産)を食いつぶすことが危惧されています。
(出典:環境省)
そのため、近年は企業に対して、環境にダメージを与えたり、生態系をこわしたりしないように、以下などに配慮して事業活動を推進することが求められています。
ここまで説明してきた新しい要素の中には、PEST分析と重複するものもあるでしょう。新しく派生したフレームワークは、PEST分析をより詳細に分析するために作られたためです。
さまざまな指標がありますが、企業ごとの立ち位置によってどの要素が重要か異なります。「自社にもっとも影響する要素は何と何か? 」という視点で適切なフレームワークを活用しましょう。
マクロ環境の変化は、企業にとって大きなチャンスになることも、脅威となることもあります。マーケティング担当者は、商品企画の際などにマクロ環境分析を行い、市場そのものの将来性を分析する必要があるのです。もちろん、現在の製品サービスの売れ行きにマクロ環境がどう影響していくかも分析しましょう。
近年は、投資家も消費者も良い製品・サービスを開発して儲かっているだけでは企業を評価しなくなっています。「環境をこわしていないか? 」「倫理的に問題はないか? 」など、社会貢献度を見られていることを意識して、マーケティング戦略を進めましょう。