来期の営業・マーケティング計画に「ABMを導入する」と書いた。ところが、その下の工程・期間・体制の欄が埋まらない——中堅のシステム受託開発やソフトウェア販売の営業責任者の方から、よく伺うお話です。ABMの解説記事は何本も読み、最初のステップがターゲット選定だということも理解している。それでも、来週の会議に出す工程表が書けない。
止まっている原因は、多くの場合、知識ではありません。各ステップに「どこまでやったら終わりなのか」という完了条件がないことです。終わりが決まっていない工程には期日を引けません。期日が引けなければ、営業にも役員にも説明できません。ステップ名を何度読み返しても着手できないのは、そのためです。
来期計画にABMが載ること自体は、市場の動きから見て理にかなっています。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2026」によると、2025年度にIT予算を増額する企業は52.6%と半数を超え、予算の増減を示すDI値は5年連続で上昇しました(東証上場企業およびそれに準じる企業4,500社を対象に2025年9月6日から10月22日にかけて実施、有効回答957社)。顧客側の投資意欲は弱まっていません。一方で、営業に人を増やせる会社は多くありません。投資は増えているのに、追いかける手が足りない。この差を埋める打ち手として、ABMへの関心が高まっています。
ABM(アカウントベースドマーケティング)は、個人単位のリードではなく企業単位で狙う先を先に決め、そこへ集中的にアプローチする考え方です。この記事では、その進め方を「施策の並び」ではなく「6つの成果物の連鎖」として整理します。
何ができあがれば次に進んでいいのか、手持ちのCRM/MAで何ができるのか、兼務体制でどこまでを自社でやり何を後回しにしていいのかまで踏み込みます(ツールの製品比較や費用相場は扱いません)。読み終えたときに、来期計画に転記できる工程表と、今週の1時間でやることが手元に残る状態を目指します。
まずは、ステップを知っているのに動き出せない理由から確認しましょう。
ABM戦略でつまずくのは、ステップを知らないからではない
ABMが進まない理由の多くは、ステップを知らないことではありません。各ステップの完了条件、つまり「何ができあがれば次に進んでいいのか」を持っていないことです。
ABMの解説記事を3本も読めば、進め方の骨格は頭に入ります。ターゲットを決め、キーマンを特定し、接触し、効果を測る。それなのに手が止まるのは、たとえば「ターゲット選定」がいつ終わったことになるのかが、どこにも書かれていないからです。
リストが100社あれば終わりなのか。営業全員が納得したら終わりなのか。判定の基準がないまま工程表に「ターゲット選定:4月」と書くと、4月末に何を報告すればいいのかが自分でも分かりません。私たちが支援の現場で見てきた限り、ABMが計画倒れになるのは、ほぼこの段階です。
ABMの基本的な考え方や、自社の取引構造に向いているかどうかの判断は、別記事で解説しています。この記事は、その判断を済ませた方が次に読むものとして書いています。
そこでこの記事では、各ステップに1つずつ「作るもの」を置き、それができあがったかどうかで進捗を判定する形をとります。成果物は目に見えるので、営業にも役員にも進み具合をそのまま説明できます。
想定しているのは、次のような状況の方です。
- ABMの専任者はおらず、営業責任者がマーケティングを兼務している
- 検討に割ける時間は週に数時間程度
- CRMやMAはすでにあるが、入力が徹底されておらず分析に耐える状態ではない
- 追加のツール導入は稟議が必要で、今期は現実的でない
この条件でも進められる形にしています。まず全体像から見ていきます。
ABM戦略の全体像 — 6つの成果物がつながって初めて動く
ABMは、6つの成果物を順に作っていく作業です。前の成果物が次のステップの入力になるため、順番を飛ばすとやり直しが発生します。ただし、6つ全部をそろえてから動き出す必要はありません。1つできたら次へ進みます。
6ステップと、それぞれで何ができあがるか
各ステップの成果物と、目安の負荷を一覧にしました。 
重いのはSTEP1とSTEP3です。STEP1は受注データの棚卸しと営業へのヒアリングが必要で、STEP3は1社ずつ人を調べる手作業になります。逆にSTEP5とSTEP6は役割と記録先を決めるだけなので、短時間で片づきます。この軽重は私たちの支援経験からの見立てで、既存データの整備状況や営業の人数によって変わりますが、6つが同じ重さではない点は押さえておいてください。
なお、ABMには1to1・1toFew・1toManyという型の違いがあり、選んだ型によって同じステップでも作業の重さは変わります。まずは少数の重点企業を深く追う形を想定して読み進めてください。
前の成果物が次の入力になる — 順番を飛ばすと何が起きるか
作り直しが起きるのは、主に2つの場合です。ターゲットを決める前にコンテンツを作ること、そしてツールを先に選ぶことです。
ターゲットが確定していない状態でホワイトペーパーやメールシナリオを作ると、対象企業が変わった時点で内容が合わなくなります。製造業向けに書いた資料は、後から医療系を重点に据え直した瞬間に使えません。MAのシナリオを組んでから対象を入れ替え、全部組み直しになる手戻りも珍しくありません。

ツールを先に選ぶ場合は、別の形で止まります。誰を狙うかが決まっていないと、必要な機能を説明できません。説明できない稟議は通らず、「ツールが取れないので進められない」という結論になります。
ツールより先に決めることがある、というのはこの意味です。STEP1からSTEP4までの成果物は、いずれも手持ちのCRM/MAと表計算があれば作れます。専用ツールの要否は、ターゲット企業数と運用の手間が見えてから判断すれば十分です。
ここから1ステップずつ、何を作れば次に進んでいいのかを見ていきます。
ABMの進め方6ステップと、各ステップの成果物
各ステップには、1つの成果物と、次に進んでいい完了条件があります。すべて手持ちのCRM/MAと表計算で下書きできます。
以下、6つのステップを同じ形式で説明します。記入例はいずれも中堅システム受託・ソフトウェア販売会社を想定した仮の値です。自社の受注データに置き換えて読んでください。
STEP1 誰を狙うかの条件を決める(成果物: ICP定義シート1枚)
最初にやるのは、勝てている既存顧客の共通項を条件として言語化することです。直近の受注を数十件棚卸せば下書きできます。
直前の成果物をどう使うか: STEP1に前工程はありません。使うのは自社の受注データと、営業メンバーの肌感覚です。市場調査や外部データの購入は必要ありません。
このステップの成果物: ICP定義シート1枚。ICP(Ideal Customer Profile)とは「自社が最も成果を出せる顧客像」のことで、業種・規模・体制・課題・購買の型といった項目を1枚に書き出します。
完了条件: できあがった条件を営業3人にそれぞれ見せ、「これに当てはまる会社を挙げてください」と頼んだときに、8割方同じ会社が出てくること。まったく違う会社が挙がるなら、条件がまだ言葉として機能していません。
手持ちのCRM/MAでやること: 直近の受注案件の一覧を書き出します。業種、従業員規模、案件金額、受注までの月数、決裁に関わった部署。項目が全部埋まっていなくて構いません。埋まっている範囲で傾向を読み、埋まらない部分は営業に聞けば足ります。完璧なデータを待つとここで止まります。
記入例: 直近の受注20〜30件を手作業で棚卸したところ、単価の大きい案件はいずれも「情報システム部門に3名以上の人員がいる、従業員300〜1000名の製造業で、基幹システムの更改を数年内に控えている」という条件に当てはまっていた、という形です(説明用の仮の値)。「大手企業」ではなく、この粒度まで降ろします。
役員・営業から突っ込まれる質問と答え方: 「今の顧客に似た会社ばかり狙って伸びるのか」。ICPは開拓先を今の顧客に限定するものではなく、限られた営業時間をどこに厚く配るかの基準です。似た条件の企業は提案の型も導入実績の説明もそのまま使えるため、同じ工数で受注確率が高くなります。新しい領域を試すこと自体は否定せず、時間配分の優先順位として説明すると通りやすくなります。
条件が決まったら、実際の会社名を並べます。
STEP2 狙う企業を並べ、優先順位をつける(成果物: Tier付きターゲットリスト)
リストの社数は、営業リソースから逆算して決めます。多く入れるほど1社あたりに配れる時間が減り、成果が薄まります。
直前の成果物をどう使うか: STEP1のICP定義シートを、そのまま企業を選ぶ条件として使います。
このステップの成果物: Tier付きターゲットリスト。Tierとは優先順位の階層のことで、重点的に人と時間を配るTier1、次点のTier2、条件は満たすが今期は追わないTier3、といった形で分けます。
完了条件: Tier1の全社に担当者名が入っていること。会社名だけが並んでいるリストは、誰も動かないまま残ります。
手持ちのCRM/MAでやること: 既存の商談履歴と名刺データを突き合わせ、各社に接点があるかを印にします。過去に失注した企業、展示会で名刺交換しただけの企業、まったく接点のない企業。この3つが分かれば、次のステップの負荷が読めます。
記入例: 営業1人が月に深く追える社数から逆算した結果、Tier1は12社に落ち着いた、という形です(説明用の仮の値)。営業十数名の組織でも、Tier1が十数社を超えると管理が回らなくなることが多い、というのが支援の現場で得た実感です。
役員・営業から突っ込まれる質問と答え方: 「なぜこの会社が入っていないのか」。答え方は、外した理由を個別に説明することではなく、STEP1の条件に照らして機械的に並べた結果であると示すことです。条件そのものへの異論なら、STEP1に戻って条件を直します。感覚の応酬にせず、条件の議論に引き戻すのがこの成果物の役目です。
会社が決まったら、次はその会社の「誰」に届けるかです。
STEP3 各社のキーマンを洗い出す(成果物: キーマンマップ)
1社の中で、誰と誰に届けば話が進むのかを埋めます。埋まらない欄が「これから取りに行く接点」になります。
直前の成果物をどう使うか: STEP2のTier付きターゲットリストの各社について、1社ずつ作ります。Tier1の分だけで構いません。
このステップの成果物: キーマンマップ。1社ごとに、意思決定に関わる役割(決裁者、利用部門の責任者、情報システム部門、現場の推進者)と、それぞれの氏名・接点の有無を並べた表です。
完了条件: Tier1の各社について、決裁者の名前が「分かる」のか「分からない」のかの区別がついていること。全社の決裁者を突き止める必要はなく、分からないことが分かっている状態がゴールです。
手持ちのCRM/MAでやること: 名刺データと過去の商談記録から、既知の接点を埋めます。名刺管理ツールに残っている担当者、過去の提案時の同席者、問い合わせフォームからの流入。ここまでは社内のデータだけで埋まります。
記入例: 決裁するのは情報システム部長だが、起案しているのは現場の課長。ところが自社が名刺を持っているのは課長のものだけ——という状態が見える化されます(説明用の仮の値)。課長経由で部長に会わせてもらうのか、既存顧客からの紹介を頼むのか、という判断が個社ごとにできるようになります。
役員・営業から突っ込まれる質問と答え方: 「そこまで調べる時間があるのか」。答えは、Tier1の十数社に限れば1社あたり十数分で埋まる、という範囲設定です。全社を精緻に調べず、分からない欄は空欄のまま残す。空欄を残していいと決めることで、この作業は現実的な時間に収まります。
役割の分類方法そのものは別記事で扱います。
1社ごとの情報がそろいました。次は、それを1枚にまとめます。
STEP4 1社ずつの攻め方を1枚にまとめる(成果物: アカウントプラン)
STEP1からSTEP3で集めた情報を、1社1枚のアカウントプランに集約します。
直前の成果物をどう使うか: ICP定義シート、Tier付きターゲットリスト、キーマンマップの3つを、1社単位で1枚に束ね直します。新しく調べる情報はなく、持っているものの並べ替えです。
このステップの成果物: アカウントプラン。Tier1の全社分を作ります。
完了条件: Tier1の全社に1枚あり、そのすべてに「次の一手」と「期限」が書かれていること。現状の整理だけで終わっているプランは、会議で読まれても何も起きません。
手持ちのCRM/MAでやること: 表計算で足ります。専用ツールでの管理を前提にすると、更新が止まった瞬間に誰も見なくなります。
役員・営業から突っ込まれる質問と答え方: 「資料を作る時間が営業から出るのか」。新しい報告物を1つ増やすのではなく、営業会議で使う資料をこの1枚に統一する、という提案にすると通りやすくなります。
記載項目と実際の運用方法は、この後詳しく扱います。
STEP5 誰がどう接触し続けるかを決める(成果物: 接触シナリオと週次連携ルール / 営業・インサイドセールスの役割分担)
接触を続ける役割を先に決めます。ABMでは問い合わせを待つのではなく、こちらから狙った企業に働きかけるBDR型の動きが必要になるため、営業とインサイドセールスの役割分担を着手前に決めておきます。
直前の成果物をどう使うか: STEP4のアカウントプランに書いた「次の一手」を、実際に誰が実行するかを割り当てます。
このステップの成果物: 接触シナリオと週次連携ルール。誰が接触し、その結果をどこに記録し、いつ共有するかを決めた1枚です。
完了条件: 誰が・週に何回・どこに記録するかの3つが決まっていること。空欄のまま動き出すと、接触の記録が個人のメールボックスに散り、翌月には誰が何をしたか追えなくなります。
手持ちのCRM/MAでやること: 記録先を1箇所に決めます。CRM/SFAの商談オブジェクトでも、MAの活動履歴でも構いません。重要なのは、全員が同じ場所を見ることです。
記入例: 営業の午前中30分だけをターゲット企業への接触時間として固定する、という形です。既存案件の合間に「余裕があれば」やる設計にすると、受託の納期が立て込んだ月に必ず止まります。
役員・営業から突っ込まれる質問と答え方: 「専任を置く余裕はない」。これは前提として受け止めた上で、専任者を置かずに回す形を示します。ポイントは、時間を確保するのではなく固定することです。週に何時間という総量ではなく、曜日と時刻を決めておくと兼務でも残ります。
動き出したら、何を見て進んでいるかを判断します。
STEP6 何を見て進捗を判断するかを決める(成果物: 先行指標3つと記録場所)
受注は遅れて出ます。着手前に「先に動く指標」を3つ決めておかないと、3ヶ月目の役員会で報告するものがありません。
直前の成果物をどう使うか: STEP2のターゲットリストとSTEP3のキーマンマップが、そのまま指標の母数になります。「Tier1の12社中」という分母が着手前から手元にある状態です。
このステップの成果物: 先行指標3つと、その記録場所。
完了条件: 3つの指標について、いま何の値なのかを言えること。着手前の値が分からないと、3ヶ月後に何が動いたのかを説明できません。
手持ちのCRM/MAでやること: どの項目から数字を取るかを決めます。新しい集計の仕組みを作る必要はありません。
指標の候補としては、たとえば次の3つが挙げられます。
- ターゲット企業への接触社数
- キーマンに到達できた社数
- アカウントプランが更新された社数
いずれも受注より早く動きます。初月の報告が「受注0件」ではなく「Tier1の12社中7社でキーマンに到達」になるだけで、会議での扱われ方が変わります(説明用の仮の値)。
役員・営業から突っ込まれる質問と答え方: 「その数字は売上とどう関係するのか」。最終的には受注で評価されることを認めた上で、先行指標は受注の代わりではなく、受注が出るまでの空白期間に何が進んでいるかを示すものだと説明します。
6つの成果物が出そろいました。最後に、完了条件だけを一覧にしておきます。
6ステップの完了条件チェックリスト
そのまま来期計画の工程表に転記できる形にしています。
- STEP1: 条件を営業3人に見せて会社を挙げてもらうと、8割方同じ会社が出てくる
- STEP2: Tier1の全社に担当者名が入っている
- STEP3: Tier1の各社で、決裁者の名前が「分かる/分からない」の区別がついている
- STEP4: Tier1の全社に1枚あり、「次の一手」と「期限」が書かれている
- STEP5: 誰が・週に何回・どこに記録するかが決まっている
- STEP6: 先行指標3つについて、いま何の値かを言える
上から順に見ていって、最初に「まだ満たしていない」と感じた項目が、いま取り組むべきステップです。
6つの成果物のうち、社内で最も効くのがアカウントプランです。次で1枚の作り方を詳しく見ていきます。
アカウントプラン1枚の作り方 — 営業会議と役員報告の共通言語にする
アカウントプランは、1社の攻め方を1枚にまとめた紙です。ABMの成果物のうち、社内で最も使い出があります。記載する項目は、次の7つに絞ります。

「次の一手」の欄は、「情報システム部長への紹介を、既存顧客A社の担当者に依頼する/期限:今月末」と書かれている状態にします(説明用の仮の値)。「関係構築を進める」では行動になりません。誰が誰に何をするかまで書き切ります。
営業会議では1社5分で回します。全社を毎週見る必要はなく、Tier1が12社なら毎週3〜4社ずつ、月に一巡する形で足ります。確認するのは現状報告ではなく「次の一手」と「期限」だけ。期限を過ぎているものは、実行できなかった理由を聞いて次の一手を書き換えます。
更新されなくなる原因は、私たちが見てきた限りほぼ3つです。項目が多すぎること、担当が決まっていないこと、会議の議題になっていないこと。項目が10を超えると埋めること自体が仕事になり、やがて誰も開かなくなります。担当は1社1名を明記します。「営業部で管理」は誰も更新しません。そして定例会議の議題に組み込むこと。議題になっていない資料は、どれだけ丁寧に作っても3ヶ月で止まります。
役員への説明資料としてそのまま使えるのは、「今期はこの12社に集中します」という方針を、会社名と次の一手のレベルまで具体化して示せるためです。
1枚ができたら、そこに書いたキーマンに何を伝えるかを決めます。
ABM戦略は、決裁者と現場に同じ話をしても動かない — 役割別に伝える内容を変える
同じ会社の中でも、役割によって関心はまったく違います。ただし、役割ごとに新しいコンテンツを作る必要はありません。ここで使うのがSTEP3で作ったキーマンマップです。役割ごとの関心は、おおよそ次のように分かれます。
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役割 |
主な関心 |
伝える内容 |
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決裁者(役員・部長) |
投資に対する回収と、同業他社の動向 |
投資額と回収の見通し、意思決定の材料 |
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利用部門の責任者 |
現場の負担と、移行期間の混乱 |
移行のスケジュールと、現場の作業がどう変わるか |
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情報システム部門 |
既存システムとの接続、保守の負担 |
接続構成、運用保守の体制と範囲 |
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現場の推進者 |
社内をどう通すか、自分の手間 |
稟議に使える資料、上司への説明の型 |
決裁者に現場の操作画面を見せても判断材料になりませんし、情報システム部門に投資回収の話をしても評価軸が違います。BtoBの購買に複数の関与者がいるのは以前からのことですが、企業単位で狙いを定めるABMでは、この出し分けを個社ごとに設計することになります。
ここで多くの兼務担当者が身構えるのが、「役割ごとに資料を4種類作る余裕はない」という点です。実際、その必要はありません。新しく作るのではなく、今ある資料から抜き出して送るのが現実解です。
たとえば既存の導入事例資料が1本あれば、決裁者には投資回収に触れた部分を、情報システム部門には接続構成図のページを送る。同じ資料の別の面を見せているだけですが、受け手には「自分に関係のある話が来た」と伝わります(説明用の仮の例)。提案書も構成図もすでに手元にあるはずで、制作コストはほぼかかりません。
なお、誰に何回・どのチャネルで接触し続けるかという設計は、この記事では扱いません。
ここまでが「やること」です。では、専任者のいない自分は、どこまでやればいいのでしょうか。
専任者がいない前提で、どこまで自社でやるか
6つ全部を同時に進める必要はありません。最初の3ステップは追加のツールなしで着手でき、残りは動き出してから決めても間に合います。
システム受託・ソフト販売業は、いま最も人手が足りない
専任者を置けないのは、自社だけの事情ではありません。情報サービス業は、業種別に見て人手不足感が最も高い業種です。
帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)」によると、正社員が不足していると感じる企業は50.6%、非正社員は28.3%でした。業種別では、「情報サービス」の正社員の人手不足割合が66.7%で最も高く、次いで運輸・倉庫とメンテナンス・警備・検査が65.9%、建設が65.7%と続きます(情報サービスは前年同月比では3.2ポイント低下しており、わずかながら改善の傾向は見られます)。この調査は全国2万3,083社を対象に2026年4月16日から30日にかけて実施され、有効回答は1万538社、回答率は45.7%でした。

(出典:帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)」
つまり、ABMに専任者を1人張り付ける前提の進め方は、この業種にとってそもそも現実的ではありません。「専任チームを置いて全ステップを回す」という記事の通りに動けないのは、実行力の不足ではなく業界全体の構造です。だとすれば、設計の側を変えるほうが早いことになります。
先にやる / 後回しにする / やらない の3分類
先にやるのはSTEP1からSTEP3です。STEP5の運用設計は動き出してから、STEP6の指標は着手前に決めるだけでよく、精緻化は後回しにできます。
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分類 |
対象 |
理由 |
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先にやる |
STEP1(ICP定義)/ STEP2(Tierリスト)/ STEP3(キーマンマップ) |
この3つがないと、以降のすべてが手戻りになる。手持ちのCRM/MAと表計算で足りる |
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後回しでよい |
STEP5の週次運用の精緻化 / コンテンツの新規制作 / ツール選定 |
実際に動かしてみないと最適な形が分からない。先に決めても作り直しになる |
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やらない |
全社分のアカウントプラン作成 / 完璧なデータ整備 |
Tier1の十数社分で足りる。データは埋まっている範囲で判断できる |
「やらない」に入れた2つは、手を抜いているのではありません。全社分のアカウントプランを作ろうとすると作成だけで数週間かかり、その間に着手が止まります。Tier2・Tier3はTier1が回り始めてから広げれば十分です。データ整備も同じで、CRMの入力精度を上げてから始めようとすると、いつまでも始まりません。STEP1は「埋まっている項目だけで傾向を読む」設計なので、いまのデータのままで着手できます。
最初の1ヶ月はSTEP1とSTEP2だけ、というペースでも問題ありません。
来期計画・稟議書への書き方
6ステップの工程表が、そのまま計画書の記載になります。「今期やること」と「今期やらないこと」を分けて書いておくと、途中で止まりにくくなります。
たとえば「第1四半期:STEP1〜3を完了(ICP定義・Tier付きリスト・Tier1のキーマンマップ)。第2四半期:Tier1全社にアカウントプランを作成し、週次の接触運用を開始」といった書き方です。各ステップに完了条件があるため、四半期末に「できた/できていない」を明確に報告できます。
「今期やらないこと」を明記するのは、後から追加要求が入るのを防ぐためです。ツール導入、コンテンツの新規制作、Tier2以下への展開を「今期は範囲外」と書いておくと、「ついでにこれも」と広がって工程が破綻するのを避けられます。
あわせて、成果が出るまでの期間を着手前に合意しておきます。何ヶ月で受注が出るのかは商材と検討期間によって変わりますが、その見立てを先に共有しておかないと、3ヶ月目に「まだ受注が出ていない」という理由で止まります。
やる範囲は決まりました。次は、進めている途中で何につまずくかを先に知っておきます。
ABMが頓挫するつまずきどころ — 兆候と対処
ABMは、大きな失敗で止まるのではありません。小さな兆候が積み重なって、静かに止まります。私たちが関わってきた範囲では、兆候は次の5つです。月に1回、自社の状況を当ててみてください。
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よくある兆候 |
なぜ起きるか |
対処 |
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ターゲットリストが3ヶ月更新されていない |
受託の納期が立て込むと、期日のない工程から順に止まる |
更新を月次会議の議題に固定する。担当を1名決める |
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営業がアカウントプランを見ない |
営業がターゲットリストを「マーケが作った他人の資料」と捉えている |
STEP1・STEP2に営業を同席させ、自分が挙げた会社にする |
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接触が一往復で止まる |
「まず電話」の空気があり、その後の設計がない |
次の一手と期限を1社ずつ書く。反応がない場合の代替行動も決めておく |
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3ヶ月目に報告する数字がない |
着手前に先行指標を決めていなかった |
STEP6に戻る。着手前の値が取れなくても、いまの値から記録を始める |
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ターゲット外の案件に流れる |
Tier1に既存の担当営業がいて触りにくく、動きやすい案件に逃げる |
Tier1の担当営業を巻き込んで一緒に攻める形にする。既存担当を飛ばさない |
典型的なのは、Tier1の12社のうち3ヶ月間で新しい記録が入ったのは2社だけ、という状態です(説明用の仮の値)。この時点ではまだ何も失われていません。止まりかけていることに気づけば、工程に戻れます。
いずれの兆候も、営業個人の怠慢が原因ではありません。期日のない工程は納期のある仕事に負けるという構造から起きています。だから対処も、意識を変えることではなく、期日と議題を工程に組み込むことになります。
そして5つのうち3つ——リストが更新されない、プランを見ない、ターゲット外に流れる——は、いずれも営業との合意ができていないことに行き着きます。最後にそこを扱います。
営業とマーケティングをどう合意させるか
合意は会議で取るものではなく、工程に組み込むものです。合意の単位も「方針」ではなく「Tier1の会社名」にします。
「絞る=売上を捨てる」という誤解の解き方
絞るというのは、重点的に人と時間を配る先を決めることであって、他社への対応をやめるという意味ではありません。
ここが誤解されたまま話が進むと、営業からは「既存のお客様を切るのか」、役員からは「間口を狭めて売上は大丈夫か」という反応が返ってきます。絞る対象は、新規開拓に使う時間と労力の投下先です。既存顧客からの引き合いや、条件に合わない企業からの問い合わせに対応しないという話ではありません。
この誤解を解くのに効くのは、自社の数字です。売上のうち上位5社が占める割合は何%でしょうか。中堅のシステム受託・ソフトウェア販売会社であれば、かなり高いはずです。すでに売上が少数の顧客に集中しているのなら、時間の配分をその構造に合わせるのは自然な判断です。新しい方針としてではなく、いまの実態に配分を合わせる話として出すと、反発は小さくなります。
営業を工程のどこに巻き込むか
決まってから説明するのではなく、STEP1の条件出しとSTEP2のリスト確定に営業を同席させます。
STEP1の完了条件を思い出してください。「営業3人に会社を挙げてもらうと8割方同じ会社が出てくる」。これは完了判定であると同時に、合意形成のプロセスそのものです。営業が自分の口で挙げた会社は、後から「マーケが決めたリスト」にはなりません。
合意の単位も重要です。「今後はターゲットを絞る方針でいく」では何も決まっていません。「この12社を今期の重点先にする」という会社名のレベルまで降ろすと、賛成も反対も具体的になり、決まったことが翌週も残ります。
役員会で出る質問トップ3と答え方
私たちが同席してきた範囲では、役員から出る質問はほぼ3つに集約されます。
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質問 |
答えの方向性 |
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絞ったら残りの売上はどうなるのか |
絞るのは新規開拓の投下先であり、既存対応は変わらない。上位数社への売上集中という現状に、時間配分を合わせる話であると示す |
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何ヶ月で成果が出るのか |
受注は遅れて出るため、先行指標(接触社数・キーマン到達社数)で初回報告する。成果が出るまでの期間の見立てを、着手前に合意しておく |
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既存の受託案件に支障は出ないか |
先にやるSTEP1〜3は週数時間で足りる。ツール導入も新規の人員も伴わないため、既存案件への影響は限定的だと示す |
2つ目については、答えを用意するだけでは足りません。来期計画に書くときと同じで、いつ受注で判断するのかを着手前に握っておくことが、途中で止まるリスクを下げます。
ここまでが全体像です。最後に、今週やることを1つだけ決めます。
ABM戦略のまとめ — 今週の1時間から始める
ABM戦略は、6つの成果物を順に作る作業です。誰を狙うかの条件(ICP定義シート)、狙う企業の並び(Tier付きターゲットリスト)、各社の意思決定に関わる人(キーマンマップ)、1社ごとの攻め方(アカウントプラン)、接触の体制(接触シナリオと週次連携ルール)、そして進捗を測る物差し(先行指標3つ)。この順に作れば、前の成果物が次の材料になります。
6つ全部をそろえてから動き出す必要はありません。各ステップには完了条件があり、1つ満たすたびに次へ進めます。専任者がいなくても、最初の3ステップは手持ちのCRM/MAと表計算で足ります。
今週やることは1つだけです。直近の受注20〜30件を、表計算に書き出してください。業種、従業員規模、金額、受注までの月数、決裁に関わった部署。埋まらない欄は空欄で構いません。1時間あれば終わります。並べた時点で、単価の大きい案件に共通する条件が見えてきます。それがICP定義シートの下書きです。
そのうえで、この記事だけでは決めきれない論点が1つ残ります。6ステップのどこを厚くやるべきかは、自社の受注データの状態と営業体制によって変わるということです。受注データが十分に残っている企業はSTEP1が短く済み、キーマン情報が薄い企業はSTEP3に時間を使うべきです。ここは自社の状況を見なければ判断できません。
6ステップのどこから着手するか、30分で整理しませんか
ABM戦略の進め方は本記事のとおりですが、自社の受注データでSTEP1がどこまで書けるか、Tier1を何社に置くか、どの工程を後回しにしていいかは、自社の状況を見ないと決められません。
ビズブーストは、BtoBマーケティングの戦略立案からCRM/MAへの実装、インサイドセールスの実行までを一貫して伴走支援しています。30分の無料オンライン相談では、この記事の6ステップ工程表をそのままお持ちいただき、貴社の受注データと営業体制に照らして「どこから着手し、何を後回しにするか」を一緒に整理します。発注のご相談ではなく、稟議を書く前の壁打ちとしてご利用ください。
あわせて、次の記事もご参照ください。

